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仙台高等裁判所秋田支部 昭和41年(ネ)40号 判決

主文

一、原判決を取消す。

二、被控訴人の主たる請求を棄却する。

三、予備的請求に基づき

(一)控訴人は、被控訴人が別紙図面(二)表示のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を通行することを妨害してはならない。

(二)被控訴人その余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

第一、双方の申立

一、控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人の当審における請求の趣旨を拡張した部分および予備的請求に対して、「被控訴人の請求を却下する。右請求の費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、当審における請求の趣旨の拡張ならびに予備的請求に基づき、「原判決を左のとおり変更する。控訴人は、被控訴人が別紙第一目録表示の土地を通行することを妨害してはならない。控訴人は被控訴人に対し、右土地内に掘削した別紙図面(二)表示の溝を埋立て原状に回復せよ。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

第二、被控訴人の主張

一、主たる請求原因

(一)訴外鳴海辰之助は、別紙第二目録記載の(一)ないし(五)の畑(同目録記載の畑を、以下単に( )の畑と略称する)を所有していたが、昭和三年ころ、(六)および(七)の畑を所有していた訴外須藤金四郎との間で、(一)ないし(五)の畑を要役地とし、(六)および(七)の畑に跨る別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という)を承役地として、本件土地を通行しうることを内容とする地役権設定契約を締結した。鳴海辰之助と須藤金四郎とが右契約を締結するに至つた経緯は次のとおりである。すなわち、鳴海辰之助は、大正一一年一月二五日以前から(七)の畑のうち別紙図面(一)表示のト、リ、チの各点を順次直線で結んだ線を中心とする巾員九尺の土地(以下旧土地という)を通行のため使用していたが、須藤金四郎が旧土地を開墾するため鳴海辰之助に対して旧土地に代えて本件土地の通行を認めるに至つたのである。

(二)鳴海辰之助は昭和三三年九月三〇日死亡したので、長女の訴外鳴海みつゑが相続によつて(一)ないし(五)の畑の所有権と前記設定契約に基づく地役権を取得し、昭和三四年二月五日(一)ないし(四)の畑についてその旨の所有権移転登記がなされた。被控訴人は、同年一月二〇日、右鳴海みつゑより、(一)ないし(五)の畑を買受けてその所有権と右地役権とを取得し、同年六月二九日(一)ないし(四)の畑についてその旨の所有権移転登記がなされた。

(三)控訴人、訴外須藤ミヨ外四名は、昭和二五年一〇月二二日須藤金四郎の死亡により(六)および(七)の畑を共同して相続したが、昭和二七年三月一二日右須藤ミヨを除く五名の者がその持分権を放棄したので、須藤ミヨが(六)および(七)の畑を単独で所有することとなつた。

(四)控訴人は、かねてから(六)および(七)の畑を耕作していたが、昭和三四年六月ごろ本件土地内の別紙図面(二)表示の個所に溝を掘つて、被控訴人が本件土地を通行するのを妨害している。

よつて、被控訴人は控訴人に対し、本件土地に対する通行地役権に基づいて、原審においては被控訴人が本件土地を通行することに対する妨害の禁止を求めて来たが、当審において請求の趣旨を拡張し、控訴人が本件土地内に掘削した前記溝を埋立てて原状に回復せしめることをも併せて求める。

(五)仮に被控訴人の設定契約に基づく通行地役権が認められないとしても、被控訴人は時効によつて本件土地の通行地役権を取得している。すなわち、鳴海辰之助は、昭和三年一一月より二〇年間以上にわたり、継続かつ表現の本件土地に対する通行地役権を自己のためにする意思をもつて平穏公然に行使してきたから、遅くも昭和二三年一一月時効が完成して右通行地役権を取得したものであり、被控訴人はこれを鳴海辰之助の相続人鳴海みつゑを経由して承継取得したので、同旨の判決を求める。

二、予備的請求原因

仮に被控訴人の地役権に基づく請求が容れられないとしても、被控訴人所有の(一)ないし(五)の畑は袋地であつて、本件土地を通行することは、被控訴人にとつて必要欠くことができないだけでなく囲繞地にとつて損害が最も少ないので、被控訴人は本件土地について囲繞地通行権を有する。よつて、被控訴人は、右通行権に基づいて、控訴人に対し妨害の禁止と原状の回復とを求める。

三、控訴人の主張および抗弁に対する答弁

(一)控訴人は、当審において本件土地が所在する(六)および(七)の畑を耕作していることを否認したが、原審以来一貫して右耕作の事実を認めていたのであるから、右の否認は自白の撤回にあたり、これに対して被控訴人には異議がある。

(二)仮に控訴人が現在(六)および(七)の畑を耕作していないとしても、本件土地内に溝を掘つたのは控訴人であり、須藤隆宏は控訴人の長男であつて須藤ミヨとともに控訴人と同居しており、控訴人主張の富士農産有限会社はその代表者である控訴人によつて経営されていて、しかも控訴人は被控訴人の本件土地に対する通行地役権を争つているから、将来とも控訴人が被控訴人の本件土地の通行を妨害するおそれは十分にある。従つて、本件土地の現在の所有名義、占有名義いかんにかかわらず、被控訴人の本訴請求は維持されるべきである。

(三)地役権の変動は、要役地について所有権移転登記がなされている限り、地役権自体についての設定登記、譲渡登記がなくても、第三者に対抗できるものと解すべきである。被控訴人が要役地たる(一)ないし(二)の畑について所有権移転登記を経由していること前記のとおりであるから、本件土地の地役権自体について登記がなくとも、被控訴人は右地役権をもつて控訴人に対抗できる。

仮に右主張が容れられないとしても、控訴人は被控訴人の本件土地に対する通行地役権の行使を妨害阻止するため事実上法律上幾多の作為をしている背信的悪意者であるから、被控訴人に地役権の登記がなくても、右地役権をもつて控訴人に対抗しうる。

第三、控訴人の主張

一、主たる請求原因に対する答弁

(一)請求原因第一項の事実中、訴外鳴海辰之助がもと(一)ないし(四)の畑を所有していたことを認め、本件土地が(六)および(七)の畑に跨つて所在することは争わないが、その余の事実は否認する。

(二)同第二項の事実中、鳴海辰之助が被控訴人主張の年月日に死亡したことを認め、地役権の取得を除くその余の事実は不知、鳴海みつゑおよび被控訴人が地役権を承継取得した事実を否認する。

(三)同第三項の事実を認める。

(四)同第四項の事実中、控訴人が被控訴人主張のように本件土地に溝を掘つたことは認めるが、控訴人が現在(六)および(七)の畑を耕作していることは否認する。

右溝は、本件土地の近くに生立しているりんご樹が紋羽病にかかつたので、その根から隣接する樹木に右病気が伝染するのを防止するため、必要な措置として掘られたものである。

また、控訴人は、昭和三八年三月三一日まで須藤ミヨから(六)および(七)の畑を無償で借受けて耕作して来たが、同年四月二日以降は、控訴人が代表者をしている富士農産有限会社が賃借して耕作しており、右会社も昭和四一年三月二六日青森県知事の許可をえて右賃貸借契約を合意解除したので、現在において控訴人は、個人としては勿論のこと右会社の代表者としても、(六)および(七)の畑内にある本件土地についてなんら関係を有しない。右(六)および(七)の畑は、昭和四一年四月須藤ミヨから須藤隆宏に譲渡され、同年六月三日農地法三条による青森県知事の許可を受け、同月二二日その旨の所有権移転登記がなされ、爾来同人によつて耕作されているので、控訴人に対する被控訴人の本訴請求は、訴の利益を欠くものというべきである。

なお、被控訴人は、当審になつて、通行地役権に基づいて控訴人に対し本件土地内の溝を埋立てて原状に回復せしめることを求めているが、右請求は、控訴審における新訴であつて控訴人の同意がなければ許されないから、不適法として却下さるべきである。

(五)同第五項について、鳴海辰之助が本件土地が通行地役権を時効によつて取得したことは否認する。同人が(一)ないし(四)の畑を所有していたころは本件土地に通ずる農道がなかつたので、同人は、本件土地の西方の畑の中を通行しており、その場所も一定していなかつたから、同人が本件土地の通行地役権を時効によつて取得する筈はない。

二、予備的請求原因に対する答弁

(一)被控訴人に囲繞地通行権あることを前提とする請求は、控訴審における新訴であり、控訴人の同意がなければ許されないから、不適法として却下さるべきである。

(二)被控訴人所有の(一)ないし(五)の畑が袋地であることは否認する。右畑は、被控訴人所有の(八)の畑に接続しているために被控訴人が買受けたものであり、そして右(八)の畑は公道に通じているので、(一)ないし(五)の畑は被控訴人がこれを買受けたことによつて袋地たる性質を失つたものである。

三、抗弁

仮に地役権設定契約あるいは時効取得を理由として被控訴人に通行地役権あることが認められるとしても、地役権の登記がなされていないから、被控訴人は右地役権をもつて第三者である控訴人に対抗することができない。

第四、証拠関係(省略)

理由

一、主たる請求について

(一)本件土地がもと訴外須藤金四郎の所有であつた(六)および(七)の畑に跨つて所在していること、訴外鳴海辰之助がもと(一)ないし(四)の畑を所有していたことは当事者間に争いがなく、原審および当審証人小山内秀夫(当審は第二回)の証言ならびに原審における被控訴本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第四号証、原審証人須藤芳則(第一回)の証言ならびに当審における被控訴本人尋問(第二回)の結果を総合すると、右鳴海辰之助はもと(五)の畑をも所有していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)被控訴人は、鳴海辰之助が昭和三年ごろ須藤金四郎との間で(一)ないし(五)の畑を要役地とし本件土地を承役地とする地役権設定契約を締結した旨主張するが、右事実を認めるに足る適確な証拠はない。

もつとも、原審証人鳴海千代吉(第一回)、同神良栄、同神良直、原審および当審証人神オソの各証言の一部には、「須藤金四郎が従前鳴海辰之助の通行していた別紙図面(一)表示のト、リ、チの各点を結んだ線上附近の通路に代え、同人に対し本件土地を通行するように指示したので、以後同人は本件土地を通行していた」旨の供述があり、また当審における被控訴本人尋問(第三回)の結果によつて右神オソが作成したものと認められる甲第三〇号証の一、二にも同趣旨の記載がある。しかしながら、同人らの証言によるも、同人らが被控訴人主張の地役権設定契約に真接関与したものでないことは明らかであつて、偶々鳴海辰之助や須藤金四郎の言を耳にしたというに過ぎないのであるから、右証拠のみから直ちに地役権設定契約の成立を認め難いのみならず、後記一の(三)の認定事実に照らしてもにわかに信用し難いのである。

(三)次に、被控訴人は、鳴海辰之助が時効によつて本件土地の通行地役権を取得した旨主張するので検討する。

前記甲第四号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第七号証、成立に争いがない甲第一八号証の二ないし四、第一九号証の一ないし四、第二〇号証の四、第二一号証、第二五号証、原審証人鳴海千代吉(第一回)、同藤田隆司(第一、二回)、同鳴海みつゑ、同須藤芳則(第一回)、同神良直、原審および当審証人神オソ、当審証人赤石意津男、同藤田彦太郎、同藤田きよゑの各証言、原審および当審における控訴本人尋問(当審は第一回)、同検証(原審、当審とも第一、二回)の各結果を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、鳴海辰之助は一の(一)で認定したごとくもと(一)ないし(五)の畑を所有していたが、その位置および形状をみると、先づ南北に細長い(五)の畑の南側には西から順に(一)および(三)の畑が並列して互に相接し、(三)の畑の東側には西から順次(四)および(二)の畑が接続し、一団となつてほぼL字型をなしている。そして、(一)ないし(五)の畑は、周囲がすべて第三者所有の土地に囲繞されたいわゆる袋地であつて、(五)の畑の北側には本件土地の存するもと須藤金四郎所有の(六)および(七)の畑があり、両地の境界線南端附近において(五)の畑の北側が右両地の南側の一部と接している。鳴海辰之助は、大正一一年ごろから右(一)ないし(五)の畑の一部にりんご樹を植栽していたが、当時同人は自宅より別紙図面(一)表示の農道を南下し、同図面ト、リ、チの各点を結ぶ線上附近を通つて(一)ないし(五)の畑に出入し農作業に従事していた。ところが、昭和三年ごろに至り、須藤金四郎が右ト、リ、チの各点を結ぶ線上附近の土地を新たに開墾したため、鳴海辰之助は(一)ないし(五)の畑に出入するため同所附近を通行することができなくなつた。そこで、同人やその使用人は、別紙図面(一)のト点からホ点に通ずる私道を通つて本件土地およびその両側一帯の畑の中をりんご樹の間を縫い、果樹やその下作物に留意しながら通行して、(一)ないし(五)の畑に入り農作業に従事していた。このように、昭和三年ごろ以降、鳴海辰之助やその使用人が本件土地を通行することはあつたが、その通行箇所は必ずしも本件土地に限定されたわけではなく、本件土地に通路を開設したものでもなかつた。従つて、須藤金四郎は、鳴海辰之助やその使用人の右の通行に対して特別異議をとなえることがなかつた。

以上の事実を認定することができ、原審証人棟方善作、同鳴海みつゑ、同神良策同神良直、同鳴海千代吉(第一、二回)、原審および当審証人神オソ、当審証人神良助、同藤田吉光の各証言、原審および当審における被控訴本人尋問(当審は第一回)の結果中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定から明らかなように、鳴海辰之助がその所有の(一)ないし(五)の畑に農作業に赴くため本件土地を通行したことはあるにしても、その場所が常時一定していたわけではなく、況してや同人が本件土地の上に通路を開設したことは認められないのであるから、同人が本件土地を通行したことを目して、民法二八三条に規定する継続かつ表現の地役権といえないのは明らかであつて、時効取得するに由ないものといわなければならない。

してみれば、鳴海辰之助が本件土地の地役権を取得したことを前提とする被控訴人の主たる請求は、その余の争点について判断を加えるまでもなく失当であつて、棄却を免れない。

二、予備的請求について

(一)控訴人は、被控訴人の囲繞地通行権に基づく予備的請求は控訴審における新訴であるから、控訴人の同意がなければ許されない旨主張する。しかしながら、控訴審における訴の変更については、その態様のいかんにかかわらず、反訴に関する民訴法三八二条のような特別の規定が存しないから、同法三七八条によつて同法二三二条の規定が準用され、同条の要件を充足する限り相手方の同意がなくても許されるものといわなければならない。これを本件についてみるに、被控訴人が、旧訴において主張するところは本件土地の地役権に基づいて控訴人に対し妨害の禁止を求めるというのであり、新訴において予備的に追加して主張するところは本件土地の囲繞地通行権に基づいて控訴人に対し妨害の禁止とその排除を求めるというのであつて、ともに請求の基礎を同じくし、しかも右新訴の審理には従前の訴訟資料の大部分を利用することができて、新訴の提起によつて著しく訴訟手続を遅延せしむべきものということはできないから、被控訴人が当審において提起した右予備的新訴は、適法なものとして許容されるべきである。

(二)そこで、予備的請求の本案について検討する。すでに前記一の(三)において認定したごとく、鳴海辰之助が以前所有していた(一)ないし(五)の畑はその周囲をいずれも第三者所有の土地によつて囲繞された袋地であるところ、鳴海辰之助が昭和三三年九月三〇日死亡したことは当事者間に争いがなく、原審および当審における被控訴本人尋問(当審は第一回)の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一、第二号証、第三号証の一、二(甲第三号証の二のうち登記官吏作成部分については成立に争いがない)、前記甲第四、第七号証、成立に争いがない甲第一〇ないし第一三号証、第二四号証、原審証人鳴海千代吉(第一回)、同鳴海みつゑ、同神良栄、同棟方善作、同須藤芳則(第一回)、同須藤隆宏の各証言、原審および当審における被控訴本人尋問(当審は第一、二回)ならびに当審における検証(第二回)の各結果を総合すると、鳴海辰之助の長女である鳴海みつゑが昭和三三年九月三〇日相続によつて(一)ないし(五)の畑の所有権を取得し昭和三四年二月五日(一)ないし(四)の畑についてその旨の所有権移転登記がなされたこと、被控訴人が同年一月二〇日右鳴海みつゑより右(一)ないし(五)の畑を代金一一〇万円で買受けてその所有権を取得し、同年六月二九日(一)ないし(四)の畑についてその旨所有権移転登記を経由したこと、被控訴人が買受けた(二)の畑の東側にはこれに接続して被控訴人が従前から所有していた(八)の畑が存在し、右(八)の畑の北東偶には水路に沿い鬼沢南口バス停留所附近において市道と交叉する通路のあることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定に徴すれば、(一)ないし(五)の畑はこれを被控訴人が買受けたことによつて一見袋地たる性格を失つたもののように思われる。しかしながら、成立に争いがない乙第一三号証、原審証人神良栄、当審証人藤田吉光の各証言、原審および当審における被控訴本人尋問(当審は第一、二、四回)、原審および当審における検証(原審は第一回、当審は第二回)の各結果を総合すると、被控訴人所有の(八)の畑に通ずる前記通路は、一部りんご畑や雑草地の中を通つているがその大部分は水路に沿つていて、途中には殆んど道路の形態をなしていないところがあるのみならず、道路と認められる個所においても、傍らの畑より一段高くなつた土手の部分があつて、しかもその路肩の崩れているところが少なからず存するうえ、その道巾も人一人が漸く通れる程度で、被控訴人が右通路を利用してりんご畑の耕作に必要な農業用機械を搬入することは覚束なく、また肥料や収穫物の運搬にも支障を来すことが認められ、当審証人棟方清美の証言ならびに当審における控訴本人尋問(第一回)の結果中、右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。このように、右通路は、(一)ないし(五)、(八)の畑においてりんご樹を植栽している被控訴人の利用方法に照らしその必要性を充足できないものであるから、(一)ないし(五)の畑は、被控訴人の所有に帰した現在においてもなお袋地であるというを妨げない。

してみれば、被控訴人は民法二一〇条の規定によつていわゆる囲繞地通行権を有するが、右による通行すべき場所および方法は、通行権を有する者のために必要で、かつ囲繞地にとつて損害の最も少ないものを選ぶべきところ、原審および当審で取調べた各証拠によつて認められる(一)ないし(五)の畑とその囲繞地との地理的関係、既存の道路の位置および状況、被控訴人の(一)ないし(五)の畑の利用状態、附近農家に農業用機械が普及している現状、右機械の必要度、種類、形状特にその大きさ、本件土地の位置および現況、その他諸般の事情を考慮するときは、本件土地をもつてその通行場所と定め、その巾員を二米(別紙図面(二)表示のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地)に止めるのが相当である。

(三)ところで、控訴人が被控訴人に囲繞地通行権ありと認められる右土地を含む本件土地内の別紙図面(二)表示の個所に溝を掘つたことは当事者間に争いがなく、この事実に控訴人が本訴において被控訴人の囲繞地通行権を抗争している事実とを併せ考えれば、被控訴人の右土地の通行が将来控訴人によつて妨害されるおそれは十分予想されるから、被控訴人が控訴人に対してその妨害の禁止を求める予備的請求は、前記のごとく被控訴人に囲繞地通行権ありと認められる範囲内の土地においては正当として認容すべきであるが、これを越える部分については失当として棄却を免れない。

なお、控訴人は昭和三八年四月一日以降本件土地の存する(六)および(七)の畑を耕作占有しておらずなんら関係がないので、控訴人を相手方とする被控訴人の請求は訴の利益を欠く旨主張する。しかし、仮に控訴人がその主張のごとく現在(六)および(七)の畑を耕作占有していないにしても、被控訴人の通行権が控訴人によつて妨害されるおそれがある以上、通行権の存する土地の所有名義や占有名義いかんにかかわらず、被控訴人としては現実に妨害するおそれのある者を相手方として予じめ妨害の禁止を求める利益あるものと解せられるので、控訴人の右主張は採用の限りでない。

(四)次に、被控訴人は控訴人に対して本件土地内にある溝を埋立ててこれを原状に回復すべきことを請求する。しかし、第三者所有の土地に囲繞地通行権ある者が、右の土地を通路として利用しようとする場合に、妨害となるべき既存の溝渠のごとき障害物は、通行せんとする通行権者が自らの負担においてこれを除去すべきものであつて、通行地の所有者その他これを現に占有使用している側において通行権者のなす右除去の作業を忍容すべき義務は存するにしても、通行権者が右所有者らに対して積極的に溝渠の埋立てを求めることはできないものと解せられる。けだし、囲繞地通行権は、袋地の経済的な土地利用を図るために、通行地所有者らの意思いかんにかかわらずその権利の行使を一定の範囲において制限しようとするものであるから、その制限は右の目的を達成するため必要最少限に止めるのが相当であつて、これを越えて通行地の所有者らに対して無益の負担を課することは、制度の目的を逸脱し衡平の観念に反する結果となるからである。

これを本件についてみるに、被控訴人が前記二の(二)において囲繞地通行権ありとせられた土地上を常時通路として利用していたものでないことは前記一の(三)で認定したとおりであり、また控訴人が右土地上に別紙図面(二)記載のごとき溝を掘つたことは当事者間に争いがなく、右溝の位置、形状、長さ、幅員および深さに徴し右溝が被控訴人の通行の妨害になるものであることは明らかである。しかしながら、先に説示した囲繞地通行権制度の趣旨にかんがみるときは、右溝のごとき障害物は、通行権者たる被控訴人が自らの負担において、通行の目的を達成するため必要最少限の手段方法をもつて除去すべきものであつて、仮に被控訴人主張のごとく控訴人が現在通行地を含む(六)および(七)の畑を耕作しているとしても控訴人に対してこれが埋立てを請求することはできないものといわなければならない。

被控訴人のこの点に関する請求は理由がない。

三、結び

以上説示のとおり、被控訴人の主たる請求は理由がないから失当として棄却すべきであり、これと見解を異にして右請求を認容した原判決は取消しを免れない。また、囲繞地通行権に基づく予備的請求については、被控訴人が別紙図面(二)表示のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地を通行することに対する妨害禁止を求める限度において正当としてこれを認容すべきであるが、その余の土地についての妨害予防および妨害排除を求める請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民訴法九六条本文、九二条一項本文を適用し、なお仮執行の宣言についてはその必要がないものと認めてこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

別紙

第一目録

弘前市大字鬼沢字猿沢八四番

畑  二畝一四歩(別紙図面(一)表示の(ホ)(ヘ)の各点を結んだ線の東側部分の畑)

同所八五番

畑  七畝一五歩(右線の西側部分の畑)

のうち同図面表示の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地

第二目録

(一)弘前市大字鬼沢字猿沢七三番

畑  一反七畝一四歩

(二)同所七七番

畑  二畝二六歩

(三)同所七八番

畑  一反七畝二二歩

(四)同所二二一番

畑  六畝一歩

(五)同所無番(その北側が、後記(六)の畑と(七)の畑との境界線南端附近において右両地に接する南北に長い畑)

(六)同所八四番

畑  二畝一四歩

(七)同所八五番

畑  七畝一五歩

(八)同所七六番

畑  一反七畝五歩

〈省略〉

〈省略〉

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